オン・ザ・タウン夏にいろいろ上演が、ついいろいろ見に行ってしまいました

オンザ・タウンて随分ふるい作品がなぜこんな時期に重なるように上演されたのでしょうね?

 

 

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佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ ミュージカル「オン・ザ・タウン」

 東京文化会館 大ホール (東京都)

兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール (兵庫県)

 2019/7/12(金) ~ 2019/7/28(日)

 

 

On The Town   ロンドン公演は

 19 May 2017 - 01 July 2017

 Danny Mac, Jacob Maynard and Samuel Edwards played Gabey, Chip and Ozzie - roles made famous on film by Gene Kelly, Frank Sinatra and Jules Munshin - and Siena Kelly, Lizzy Connolly and Miriam-Teak Lee took the roles of Ivy, Hildy and Claire. The cast also featured Maggie Steed as Madame Dilly and Naoko Mori as Lucy Schmeeler.

とでているから ロンドンキャストとはちょっとちがうみたい

 

冊子が無料で配られたのは太っ腹

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世界初演は1944年12月28日NY

とのこと 

 ジェイムス・ロビンソンからの依頼

からはじまったと

最初はファンシーフリーという話 ストーリーが同じ

これの大成功で

内容に感動した舞台芸術家  オリヴァー・スミスがミュージカル化を持ちかける

オンザ・タウンの筋立ては正式初演がなされる前に映画化が決定し

1949年『踊る大紐育』として発表された

 映画ではバーンスタインの音楽は

冒頭の労働者のソロ

水平の三重唱(ニューヨークニューヨーク)

私の部屋においでなど一部がつかわれたのみ

と 岸純信氏がかかれていた

 

wikipediaにはこうかかれている

『オン・ザ・タウン』(英:On the Town)は、1944年のミュージカル作品。1949年に映画化され、『踊る大紐育』(おどるだいニューヨーク, 原題は同じくOn the Town)としてミュージカル映画になった。なお、ミュージカル作品の作曲を行ったレナード・バーンスタインの楽曲を指すときは、『オン・ザ・タウン』と呼ばれる。 ニューヨークで24時間の上陸許可を与えられた水兵3人の恋愛と騒動を描いた作品。

 

 ブロードウェイでの2回の復活上演はファンを集めたが、どちらも商業的には成功しなかった。 

1992年には、マイケル・ティルソン=トーマスはロンドン交響楽団を率い、オペラとミュージカルのスターを交えてコンサート版を上演した。これはドイツ・グラモフォンにより製作され、CDとビデオがリリースされた。

出演はフレデリカ・フォン・シュターデ、トーマス・ハンプソン、タイン・デイリー、クレオ・レーン、デヴィッド・ギャリソンなどで、カムデンとグリーンもナレーターなどで出演した。

と wikipediaにでているのを録画したものが家にあった

1993年ハンブルグ公演

とでていた

 ジェローム・ロビンズ Jerome Robbins 構想とでていた

NHK Show up Stageだったかな

後ろにスクリーンがあって

出演者がその衣装ででてきて

他の人は椅子に座っていて

出番になるとでてきて歌って演技

スクリーンに関連の映像が流れる

 

 

宝塚ブロードウェイ・ミュージカル 『ON THE TOWN(オン・ザ・タウン)』

 “ON THE TOWN” Music by LEONARD BERNSTEIN Book and Lyrics by BETTY COMDEN and ADOLPH GREEN Based on a Concept by JEROME ROBBINS

潤色・演出/野口 幸作

 東京国際フォーラム ホールC 2019年1月6日(日)~ 1月20日(日)

 梅田芸術劇場メインホール 2019年7月27日(土)~ 8月12日(月)

 

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友人関係で券があるとかでつい役がわりで2公演みてしまった

2回とも3階席だったので、3000円

同じ兵庫芸術3階席の7000円よりは安かった

 

さて、ではどこが違ったのか

冒頭 労働者 

 オペラの方は幕の窓から宝塚は舞台で

水平たちが出てくる場所

 オペラは後ろの船の絵がきりとられたドアから

 宝塚は右側のカーテン横から伸びる階段からおりてくる

タクシーのシーン

 オペラは動く本物ミニ車

 宝塚は椅子だけ ただアニメーションで景色が動く

 アニメーションの景色と本人たちの動きはよくあっていた

弁護士

 映画ではこの役はない 宝塚では専科の上手い人がかなり高齢という設定でやっていてさすが上手だった

レストランのはしごの展開はいっしょ ただ オペラの方は歌手は同一の人だったと思う

音楽教師

 宝塚の方はピアノの中にまで酒ビンが隠されていた

待ち合わせのバー

 ほぼ一緒

宝塚

 ショーウィンドウのマネキンが踊り出す

 最後の方に幻想バレエシーンがあるのだが 宝塚の方は周りの乗客が白いピエロに変身するのでゆめとわかりやすい

一方オペラ 主人公は床に寝そべり 代わりのスタッフがリフト等の踊りを踊る

歌要因でそこまでリフトダンスできない人だったのかな

宝塚では主役男性が主役女性と同郷だというエピソードがはいり これがお互いの一目惚れに理由付けを加えていてよかった

 

服装のカラフルさは一緒くらい

それにしても財布一つもっていなさそうな格好で観光に行くんですね

それと原作にはないのでしょうが

時代の説明がはいっていてほしい

この時代って まずネットがない 携帯がない時代だから

私は昔の人間でガイドブックが古くて使えないってあたりまえの時代をしっていますが

 

 

宝塚の役替わりはあとのバージョンの方が好きだった

学者さん 娘役さんの方が天然のかんじがでていた

運転手さん 男役さんのサバサバ感がよかった

友人  上級生のかたがされていて、くしゃみさんのこまったちゃんだけどその中に愛らしさがしっかりでていた

 

 

 

  

映画  踊る大紐育

1949年の『踊る大紐育』(おどるだいニューヨーク、On The Town)は、ミュージカルをメトロ・ゴールドウィン・メイヤーが映画化した作品。 脚本と音楽はオリジナルの舞台版からは大きく変更され、バーンスタインの音楽の多くは、ロジャー・エデンスとコムデン、グリーンによる新しい歌に差し替えられた。これはバーンスタインの先鋭的な楽曲が、当時の一般の観客には難しいとプロデューサーのアーサー・フリードが判断した為とされる。舞台版では重要な要素であった戦地へ向かう若い水兵達のペーソスは、戦後の作品である本作にはなくなり、無邪気な若者賛美、海軍賛美が全編を貫く作品となっている。

 主演のジーン・ケリースタンリー・ドーネンとともに監督も行った。この映画はスタジオ撮影とロケ撮影の組み合わせで知られ、ジーン・ケリーはいくつかのシーンを実際に街の中で撮影したと話している。オリジナル舞台からはブランヒルドのルームメイト役のアリス・ピアースが同じ役で出演している一方、クレアの婚約者のピトキンは役柄が削られ、映画には登場しない。

 とwikipediaにでているぶん

ジーン・ケリー  フランク・シナトラなどがでている

映画なのでたっぷり短時間でもうニューヨークみまくっている

そこから本題に入る

博物館にも三人で行くというか タクシー運転手さんも同行して踊っている

曲は違う曲も多い

 踊りのテンポが早く 宙を浮いている感があるのは

さすがジーン・ケリーならでは

 

 

でもね、

最近昔の映画見ているととても感じる

男目線だよねって

明日の命もよくわからない というようなセリフのある水兵さん

24時間の休暇をもらい 初めてきたNYで素敵な女の子をナンパして観光というストーリー

オペラのほうの冊子に 小山内伸氏がかかれているように

今から見ると妙に思われるかもしれないが、20世紀初期のミュージカルにおいては、人気俳優による歌やコメディアンの笑い ダンスやバレエ 舞台美術の視覚的な要素など局部的なショーが売り物であって、台本は全体を束ねる枠組みといった副次的な地位に甘んじていた

だそうだけど

それほどハンサムという設定でもない

田舎者という設定の 軍隊でもあまり身分がたかそうでない

レストランの支払いも女性側におごってもらっている状態の青年たちが

バリバリの都会のNY在住の女性たちに

次々声をかけられて 

という設定は

ありえるのかな‥

 

そうそう

ああ、思い出してきた

最近レミゼラブル見に行くとだんだん腹が立つんですよね

ジャン・バル・ジャン聖人ってことになっているけれど

コゼットに対して 何も情報開示していない

情報開示するのは縁もないマリウスに対してのみ

これって

コゼットのことをひとりの人間としてあつかっていない

庇護が必要な人としかかんがえていないようで

なにか、ひっかるのですよね

加速度的に世間が変わってきているから

だんだん古いミュージカルは違和感がひどくなってきているように感じます